スギライト。認定までの33年のキセキ

スギライトのタイムライン

1942年 杉健一博士が岩城島にて発掘。

1944年 日本鉱物学会に未解決鉱物仮申請の後、岩石鉱物鉱床学誌に新種の鉱物として発表。

1946年 7月6日杉健一博士死去(享年47歳。)

1951年 杉博士の研究は村上允英教授により引き継がれ、未解決鉱物分析研究が開始される。

1965年 当時の科学水準による分析は不可能と判断され、研究は一時中断する。

1973年 南アフリカ産の紫の石(スギライト)がウェッセルサイト(wesselsite)と誤報される。

1974年 国際新鉱物命名委員会にスギライトとして正式登録。

1975年 正式認定され、故杉博士に敬意を表しスギライト(杉石)と命名

スギライト誕生までの33年に及ぶキセキ

杉健一博士

キセキの始まり

1942年、杉健一博士が岩城島にて発掘。

1944年に日本鉱物学会に未解決鉱物仮申請の後、岩石鉱物鉱床学誌に新種の鉱物として発表。

世界最大の戦火の中、世界的・学術的に認められることはなかったが、未来の日本・岩石学へ貢献との想いによる懸命の発表であった。

スギライト誕生のキセキは杉博士の「学者魂」から始まった。

受け継がれるキセキ

新種の鉱物として発表された2年後、1946年7月6日杉健一博士死去(享年47歳。)

1951年、杉博士の研究は村上允英教授により引き継がれ、未解決鉱物分析研究が開始される。

この研究が受け継がれていなかったら「スギライト」は存在していないかもしれませんし、別の国で認定され、別の名前がついていた可能性もあります。

しかし1965年、当時の科学水準による分析は不可能と判断され、研究は一時中断。

村上允英教授

誤報、誤認識を乗り越え

1973年、南アフリカ産の紫の石(スギライト)がウェッセルサイト(wesselsite)と誤報される。
各学会が揺れる中、村上教授は困惑しながらも更なる努力を続ける。

「恩師の杉博士に報いる為にも、誤報・誤認識のまま認定させてはならない。」

その想い、揺ぎ無い自信と綿密な研究に応えるように、運命女神が微笑んだ。

高度経済成長に伴う科学の進歩による最新技術で、ついに分析に成功する。

スギライト認定

1974年、国際新鉱物命名委員会にスギライトとして正式登録。

1975年、正式認定され、故杉博士に敬意を表しスギライト(杉石)と命名。

発見から認定まで33年の奇跡的な軌跡である。

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